無事に

5月25日、手術当日。その日は、父の83回目の誕生日でもありました。

腹部大動脈を人工血管に置き換えるという手術。そのリスクは、1~2%と低いものと聞いても、やはり少しの覚悟をします。
それは父にしても同じようでした。言葉にこそしませんが、その日の朝は、いつもと違い、どこか落ち着きがありませんでした。

午前9時、お迎えが来ました。ベッドで運ばれていく父に、イタリア流にキスをしようかとも思ったけれど、看護婦さんたちの手前もあり、やっぱりそれはできなかった。その代わり、手をギュッと握り締めて・・・。

「それじゃ、がんばって」 
「うん」

あとは、ただ待つだけでした。


4時間後。

「終わりましたよ」の声で、ハッと眼を覚ましました。いつの間にか、うたた寝をしていたようでした。

集中治療室は、広々として、明るく、そして緊張感の漂うところでした。数人の医師や看護婦に囲まれたベッドへ近づくと、麻酔の中で昏々と眠る父がいました。少し苦しそうに口を動かしながら、眼を閉じています。痛そうではないけれど、決して、安らかな顔ではありません。そして、右手だけが動いていて、何かを掴もうとしているのです。それは、すぐそこにあるベッドの柵ではなくて、何か、もっと頼れるものを探しているかのようでした。

傍らに立つ看護婦さんが、「手術は成功ですよ」と伝えてくれます。喜んで、ホッとしなければいけないのでしょう。もちろん、嬉しい。
でも、何か落ち着けないのです。なぜだろう?

それは、亡き母の最期の姿を思い出したからでした。父のその姿が、亡くなる直前の、昏睡状態の母の様子に共通するものがあったのです。くも膜下出血で倒れ、突然、去っていってしまった母。あの時の強烈なイメージが頭に甦ってきて、目の前の父と、その時の母の姿が交錯してしまうのでした。

そして、この父も、いつかはこのような姿で他界して行くのだ、その日はそう遠くないのだ、と考えてしまって、心が締め付けられてしまうのでした。まるで、避けることのできないその日の予行演習をしているかのようで、いくら「手術は成功した」と聞いても、落ち着くことができないのでした・・・。

居たたまれなくなったボクは、そっと、父の額に手を置いて、「ボクだよ、手術は無事に終わったよ」と話し掛けてみました。

その声が聞こえたのかどうか、父は、「あぁ」と、返事らしき大きな声を出してくれました。でも、またすぐに、イビキをかいて眠ってしまうのでした。そして、その後は、何を話し掛けても答えてくれませんでした。

父の右手は、相変わらず、何かを探し続けていました。
Commented by mirasierra at 2006-05-29 23:51
手術、無事に終ったのですね。
文章を読んで、なんと言っていいかわからないのですが、koyamaさんがそばで見守っていること、お父様は感じていると思います。
ご自身のお身体も、無理されませんように。
Commented by kotaro_koyama at 2006-05-30 10:56
mirasierraさん>いやあ、またまた暗い感じで書いてしまいましたが、お陰様で手術は無事に終わりました。順調に回復しているようで、多分、来週には退院できるのでは。いつもご訪問ありがとうございます。
Commented by vinobianco11 at 2006-05-31 01:57
ずっと気になっておりました。
無事に手術が終えられて本当に良かったです。
83歳でこんな大きな手術に耐えられたのですから、お父様きっと大丈夫です。
自分にとって大きな存在であったはずの親が、ベッドに横たわっている姿は小さくて無力でとても悲しかったと記憶しています。
お父様にとってkoyamaさんはは大きくて、何より頼れる存在なので側にいてくれてるだけ回復する大きな力になると思います。
そしてきっと、お母様が見守って下さっていますよ。
頑張って下さい!
私事ですが、義父が先週の土曜日に肺炎で入院しました。
義母が「今日、明日どうこうでは無いから大丈夫よ」という言葉を良いことに、来週家族を置いてイタリアへ一人旅に出掛けます。
少し悩みましたが、悪い嫁になる事にしました。笑
Commented by kotaro_koyama at 2006-05-31 22:22
vinobianco11さん>やさしいMSGありがとうございます。
悪い嫁?あまり気を使いすぎてもねぇ。周囲がいいと言っているのだから!気持ちよく、一人旅を楽しんでくださいね!!今回はどちらへ?
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by kotaro_koyama | 2006-05-29 22:05 | 日本放浪 | Comments(4)

主夫と生活、ゴルフのこと。


by kotaro