5月に入ったというのに、雨が降ったり止んだり、ずっと変な天気が続いていた。
そんな毎日、ソファでごろごろしながら見た数々のYouTube動画。その中の一本、あるゴルフレッスンに驚いた。
「え!?」
思わず声が出たのは、切り返しからの動きについてだった。
「そこからって… そうなの?」
そのコーチが推奨していたのは、切り返しから手元を真下に下ろすことで、クラブが前側に回転して立ってくる動きだった。
もちろん僕もこれまで「手元を落とす」意識は持ってきた。いや、違うな。手元じゃなくて、腕全体、クラブごと落とすようにしてきた。だからクラブヘッドは背中側へ、シャフトは寝たまま…
どうやらその落とし方、ゴルフの基本ではなかったらしい。
早速部屋で素振りをしてみる。ふぅむ、なるほどそうかもしれない… だから僕は振り遅れがちで、よくダフるのかもしれない… だからインサイドから入り過ぎて、ドローが強いのかもしれない…
しかし、この動きでボールに当たるのか…?
頭の中では納得したものの、やっぱり実際に球を打ってみないことには分からない…
昨日、お昼過ぎから眩しい太陽が顔を出した。
すぐに練習場へ行った。

「…… あ、当たった!」
最初は空振りするんじゃないかと思ったけれど、ボールは綺麗に真っ直ぐ飛んで行った…
150球ほど、打った。9番と7番アイアンで、ハーフ気味に。
かなり意識をして、左手を右腿に真っ直ぐ落とし引きつけるようにするとうまくいく。
打ちながら、でも、なんでこの動きでちゃんと当たるのか、なんでスライスしないのか、不思議に思う。
しばらくはこの動きを信じて練習しようとは思うけれど、心の底からは納得していない自分がどこかにいる…
茶碗を空にする若者は禅に関して探し得る著書をすべて読破した。そして、偉大な禅師のことを聞いて、教えを乞うために面会を求めた。二人が座ると、若者は禅についてこれまでに読んで理解したことのすべてを師に伝え、禅の本質について、得意げにひとしきり蘊蓄を傾けた。
しばらくたつと、禅師はお茶にしようと言った。禅師が湯を沸かす間、若者は姿勢を正して座り、茶碗を差し出されると無言で深々と礼をした。禅師は若者の目の前の茶碗に茶を注ぎ始めた。茶碗が一杯になるまでなみなみと注ぎ、それでも止めずに注き続けた。茶は茶碗の縁から溢れ、飯台の上にこぼれた。それでも、手を休めずに注き続けたため、茶は飯台伝いに畳にこぼれ落ちた。ついに、若者は我慢できなくなって叫んだ。「先生、お茶を注ぐのをお止め下さい!茶碗はもう一杯で、これ以上注くのは無理です」
そこで禅師は手を休めて、若者にこう言ったのだった。
「お前の心は、この茶碗と同じようなもので、身勝手な意見や先入観で一杯である。最初に茶碗を空にしないで、何か学べるとでも思っているのか」
—「禅ゴルフ」Dr. Joseph Parent
僕の勘違い、4分45秒付近から…

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