縁切寺(えんきりでら)とは、江戸時代において、夫との離縁を達成するために妻が駆け込んだ寺のことである。寺は夫に内済離縁(示談)を薦め、調停がうまく行かない場合は妻は寺入りとなり足掛け3年(実質満2年)経つと寺法にて離婚が成立する。江戸幕府公認の縁切寺には鎌倉の東慶寺、群馬(旧、上野国新田郷)の満徳寺がある。駆込寺・駆け込み寺・駆入寺・駈入寺(かけいりでら)とも呼ばれる
先日記した長女の離婚物語。DVシェルターのことをチラッと書いたけれど、1年と3ヶ月もの間お世話になったその施設に、今日、正式にお別れをしたそうだ。
そんなに長い間居たのは異例のこと。逃げ込んでいられる期間、その上限にはっきりとした決まりがあるわけではないらしいのだが、通常、長くても数ヶ月と聞く。一年を超えてお世話になった娘は、つまり、もはや、この施設の主と化していた訳である。だから今日のお別れは、施設のお世話係や、同じような境遇の女性たちを巻き込んで、涙、涙、溢れるものになったようだ。
施設に逃げ込んで来る女性は、様々だった。この一年余の間に、100人を超える人が入所して来たと言う。年齢は18歳から70歳まで、出身、国籍も多様。娘と同じように、小さな子供を抱えている人も多かった。バックグラウンドは異なっても、理由はただ一つ。元亭主や、元パートナーの暴力から逃げて来たこと。中には、殺されかかった人も居たらしい…
僕の娘の場合、肉体的暴力を受けたことはない。ただそれは、自分独りでは、2人で暮らしていた時には、気づかなかったものだった。尋問の際、警察に、「暴力を受けたことがあるか?」と聞かれた娘は、「いえ、叩かれたことはないけれど…」と答えた。すると、カラビニエーリ(憲兵)は言った。「暴力はね、肉体的なものだけではないんだよ」その一言で、娘は泣き崩れてしまった…
施設に居る間は、費用は一切掛からない。一年以上もの間、子連れ生活費ゼロだった訳だ。食事の用意や、掃除は当番制。食材は、希望をリストにして施設管理者へ渡すのだが、意地悪しているのか思うほど、望む物を買ってくれないのだと言う。決して贅沢品ではない、ハムとかそんなものが、頼んでも手に入らない。何故かはわからない。好きなものを自分で買って持ち込むことも許されない。もちろんアルコール、タバコは禁止。外出は、護衛付きで、短時間可能である…
施設内のそんな話を聞くにつれ、ああそれは寺だなあ、とよく思った。
僕の娘は、現代のイタリアで、その昔、日本の寺に逃げ込んだ女性たちと同じような生活を送ったのかもしれない。オトコから逃げながら、同時に、修行をしたのかもしれない。そして、何かを学んだ…

男の人が逃げ込む寺はないの?って娘に聞いたら、「残念ながら無いみたい」とのことだった。
男女平等を掲げて戦う弟が聞いたら、大きな議論が巻き起こること、間違いない…
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