自由の代償
2022年 01月 27日
大学で、僕はクロスカントリースキーをしていた。勉強そっちのけで打ち込んで、大袈裟に言えば生活の全てをその競技に捧げていた。
長い冬合宿、あれは3年生の時だったけれど、ある日突然レースをすることへの意義を見失ってしまって、数日の間、まったく練習もせずに布団の中に包まっていた事がある。上級生が不在で、コーチもおらず、誰に命令される立場でもなかったから、何をしても許された。しばらく休めば、またやる気が出るのだと自分に言い訳をしながらゴロゴロ怠惰に過ごしたのだけれど、そうはならなかった。ただ単に数日を無駄に過ごし、筋力と持久力を落としただけだった。そしてその年は、良い成績を残すことができなかった。
あの時、上級生とか監督とかがいて、有無を言わせず練習を続けさせてくれていたらどんなに楽だっただろうと思う。
なんでそんなことを思い出したのかと言えば、ゴルフである。モチベーションを失いかけている今、誰かが「ほら、練習行くぞ!」って耳を引っ張ってくれたら、と考えたのだった…
その昔、社会主義国家から自由主義国への脱出に成功した人たちの中に、何故だか、ついに手にする事ができた自由を捨てて、再び共産国へ戻りたいと願う人たちが少なからずいたという。なぜ苦労して手に入れた自由を再び捨てようと思ったのか。その理由は、まさに「自由すぎる」ことなのだった。新天地では、生活のあらゆる場面で、頭を使って自分で判断しなければならない。それに比べて、それまで住んでいた国では、何もかもを国家が決めてくれる。ただ言われる通りに生きていれば良い。なんと楽なことか…
自由は誰もが欲する。でも時にそれは途轍もない重さとなってのしかかってくる。
「人間は自由という刑に処せられている」
ゴルフの苦しみが、ついにサルトルの思想にまで飛んだところで、思った。
今朝はRikiを起こそう。そして学校へ行かせよう。昨日までは「好きにすれば良い」と放っておいた。自主性を大切にしてあげたいと考えるあまり、小さい頃から、好きなように、自由にさせすぎたのかもしれない。でもそれは、彼にとってはとても苦しいことだったのかもしれない…
「Riki、起きろ!もう7時を過ぎてるぞ!」
父親の苦悩を知ってか知らずか、ボサボサの頭で起きてきた息子は、何事もなかったかのように朝食を摂っていた。

あんなに嫌がっていたクロスカントリーなのに、本当は大好きだったのね(笑)この写真、実家の居間だか食堂に飾ってあったような・・・。
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by kotaro_koyama
| 2022-01-27 00:59
| ゴルフ
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