どうして?
2006年 02月 17日
よく、「なんでイタリアへ来たの?」とか、「なんでペルージャ?」と聞かれるのですが、答えには、ちょっと困ってしまいます。思い返すと、この国や、この街でなければいけなかった理由は、特には無かったんです。
東京で、サラリーマンをしていた頃。思い返すと、それは楽な暮らしでした。時々寝坊したって、クビになることもない。月末には、間違いなく給料が振り込まれてくる。そんな安定した職場にヌクヌクとしていました。でも同時に、自分で自分の人生をコントロールできないことに、歯痒さを感じていました。そして、20年も30年も先の人生が予想できてしまうことに、恐怖を覚えたものです。
"あの部長を見てよ。こんな大企業の中じゃ、うまくレールに乗ったとして、アレだ。ボクの未来、うまくいってアレなわけ?"
それは、たまらなく怖いことでした。その恐れこそが、日本を飛び出す大きな理由になったと思います。
今、自分自身でコントロールする毎日に自由を感じると同時に、明日がどうなるか分からない人生に不安を感じます。子供たちの輝く目に見つめられると、更に不安が増します。でも、今日もここに暮らし続けているということは、その不安の裏にある自由を求め続けているのだと思います。
明日、どこに住むか、どこで、どう生きるか、ボク自身が決めることができる。それが今、不安の対価として受け取っている、ボクの報酬です。

もっともっと海外へ移り住んだきっかけ・・心境を話してください。女一人での移住は気楽ですけどね・・・男の人、そして家族のある立場での移住決意はとっても大変なことに思えるのですが・・けど、そんなお父さんをもつ子供さんたちは幸せでしょうね♪そして、奥様もとってもご立派!だと思います。日本にいると・・・安定・・というまやかしに・・・ちゃんと考える心を閉ざされている気がしますので・・・
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日本人家庭の外国への移住、マドリッドでも数家族知っていますが、皆さん人として豊かな暮らしをされていると思います。もちろん不安を抱えながらだと思いますが。。。
奥さま方はとても柔軟に対応されています。
お子さんの教育に関しても皆さんいろいろ配慮され、お子さん達が将来どういう道に進むのか、日本にいるよりも責任が感じられるのでは、とお察しします。
奥さま方はとても柔軟に対応されています。
お子さんの教育に関しても皆さんいろいろ配慮され、お子さん達が将来どういう道に進むのか、日本にいるよりも責任が感じられるのでは、とお察しします。
ペルージャに住んでおられるんですか。 学生の頃一度行ったことがあります。 確かめがねを壊したか、なくしたかで何も見えない(両目ー0.03以下)状態だったのですが「きれいな町だなぁ。」という印象が今でも残っています。 Koyamaさんはこのままイタリアに骨をうずめるつもりですか? 自分が老いたときのことを考えると日本に帰る道を閉ざされたみたいで切なくなりますね・・。 その点Koyamaさんは自由に決めることのできる立場におられるのでうらやましい・・。 不安ですか。 「どん底まで落ちること無いさ。」と強い気持ちでおられたら大丈夫ですよ。
serendipity_m72さんのご期待?にお応えして、回想してます…。
子供が大きくなるにしたがい、海外で暮らす責任もまた、更に重くなってきているような気がします。、『一家のご主人』としての責任が。
子供が大きくなるにしたがい、海外で暮らす責任もまた、更に重くなってきているような気がします。、『一家のご主人』としての責任が。
mirasierraさん>そうですね。日本で、日本人として暮らし、子育てをすることは当たり前のことですが、海外にいると、また違った意味で子供たちの教育や将来に気を使います。特に両親共に日本人だと…。
みゆきさん>ぼやけていたから素敵な街に見えたのかも!(笑) いえいえ、中世の雰囲気漂ういいところですよね。
「イタリアに骨をうずめるか?」 う~ん、難しい質問。死ぬ時のことを考えると、やっぱり人生最後は日本の風景の中がいいかなあ、なんて思います…。
「イタリアに骨をうずめるか?」 う~ん、難しい質問。死ぬ時のことを考えると、やっぱり人生最後は日本の風景の中がいいかなあ、なんて思います…。
あ、kotaroさん、ペルージャですか。行けなくもない距離だなあ。
でも、移住のお話、いまの僕にはかなり堪えます。ほとんど同じような心境・・・。
でも、移住のお話、いまの僕にはかなり堪えます。ほとんど同じような心境・・・。
ゆわぐいさん>車でひとっ走り、如何ですか?ゆわぐいさんは、誰かの命令で海外ですか?それとも、ご自分の選択で?
一度お邪魔します!
僕は今は海外赴任ってやつです。こっちの生活にはまってしまったこと、東京での非人間的な生活に戻りたくないことなんかで、ウィーンで仕事を探したいなあと思っとります。
僕は今は海外赴任ってやつです。こっちの生活にはまってしまったこと、東京での非人間的な生活に戻りたくないことなんかで、ウィーンで仕事を探したいなあと思っとります。
皆さんのコメントを読んで、コータローさんと私の大きな違いは、家族のある身だったんですよねぇ。そう思うと、すごい決断ですね。
今の私達だったら、簡単にどこでも暮らせてしまうけれど、たぶん日本にいたらもっと悩むと思うもの。
たぶん外国は違うはずだって知ってても、日本に帰って社会に埋もれると、島国ならではの逃げ場のなさが、世界中同じように思えて来ちゃいますものね。日本を脱出するのが一番大変と思います。
私は気楽な独り者だったので、とりあえず独り身10年間何があっても売春に身を持ち崩さなくていい財力を得た時点で、決行するのはたやすい方だったけれど。
会社を辞めた瞬間、ステータスをすべて失って、家を借りるのみならず、ビデオカード一枚作れない屈辱に、唖然としました。以前は社員証見せなくても、会社名言うだけですべてフリーパスだったから、余計ギャップにへこみました。集団から一人抜けるという決意が一番勇気要りますよね。
今の私達だったら、簡単にどこでも暮らせてしまうけれど、たぶん日本にいたらもっと悩むと思うもの。
たぶん外国は違うはずだって知ってても、日本に帰って社会に埋もれると、島国ならではの逃げ場のなさが、世界中同じように思えて来ちゃいますものね。日本を脱出するのが一番大変と思います。
私は気楽な独り者だったので、とりあえず独り身10年間何があっても売春に身を持ち崩さなくていい財力を得た時点で、決行するのはたやすい方だったけれど。
会社を辞めた瞬間、ステータスをすべて失って、家を借りるのみならず、ビデオカード一枚作れない屈辱に、唖然としました。以前は社員証見せなくても、会社名言うだけですべてフリーパスだったから、余計ギャップにへこみました。集団から一人抜けるという決意が一番勇気要りますよね。
私の場合は、フィレンツェに移り住んだとはいえ、気持ち的には、イタリア人夫に寄りかかっている部分が大きいと思います。経済的には、半々、お互いに支えあっているんですけどね。だから、koyamaさんのご決断と先行きの不安の大きさに比べたら、私の決断はほんの小さなものかもしれません。私は、日本で会社勤めをしていた時に、モーレツに働いて、ふと、「このまま私の人生はあっという間に終わってしまうんじゃないかしら?」って考えた時にものすごい不安を感じたんです。コレは私の人生じゃないって。当時の方が、今に比べたら、収入は数倍良かったのですが、今は1年がゆっくりと過ぎ、多分、年をとってから「あ~こんな人生だった」って思い返すことが出来るリズムで時間が流れているような気がします。ユキちゃんは、このまま行くとイタリアでしばらくは育っていくと思いますが、日本に行きたいと言い出すようであればそれもよいかなと思います。私達の子供達が成長した頃には、もっともっと自分の生きていく場所を自由に選ぶことが出来るようになっているのではないかしら?
africaさん>そうですね、独り身とそうでない場合とは、だいぶ立場が違いますよね。カップルでいるだけならまだしも、子供がいると…。
どこで暮らしても、自分からは逃げられないし、自分の周りの小さな世界の中だけで生活してしまいがち。でも、日本にいた時は、その『小さな世界』の中だけで人生を終えてしまうことがたまらなく怖かったなあ。
どこで暮らしても、自分からは逃げられないし、自分の周りの小さな世界の中だけで生活してしまいがち。でも、日本にいた時は、その『小さな世界』の中だけで人生を終えてしまうことがたまらなく怖かったなあ。
chihoさん>消費社会に育っていると、どうしても真の豊かさを失いがち。イタリアだって、日本に負けず、すごい消費社会だし、日本人が想像するほど人生楽しんでいるわけじゃない。でも、まだまだ、人間らしさ、本当の豊かさを探せる国のような気がします。欠点も数え切れないくらいあるけれど!
by kotaro_koyama
| 2006-02-17 21:37
| 回想
|
Comments(13)

