FURBACCHIONA!
2005年 10月 24日
Keiって、ほんとうに狡賢いんです。
猫なで声を出したり、べそをかいたり、ありとあらゆる手段を使って、自分の欲しいモノを必ず手に入れます。一方のMahoは、我慢をして、一歩引いてしまう場面が多いのです。
ボクは、どちらかと言えばKeiに甘いので、その笑顔や涙につい屈してしまうのですが、でも観察していると、彼女に負けてしまうのは父親だけではないようです。
猫なで声を出したり、べそをかいたり、ありとあらゆる手段を使って、自分の欲しいモノを必ず手に入れます。一方のMahoは、我慢をして、一歩引いてしまう場面が多いのです。
ボクは、どちらかと言えばKeiに甘いので、その笑顔や涙につい屈してしまうのですが、でも観察していると、彼女に負けてしまうのは父親だけではないようです。
放課後、バスケットボールクラブに通う2人。ここでも、性格の違いが如実に出ます。練習中、コーチが与えたミニ・ルールを忠実に守ろうとするMahoに対して、Keiときたら…
コーチの目を盗んで、あらゆる手を使ってそのゲームに勝とうとするんです。本当にズルイ!親として恥ずかしくなるくらい。
「Keiちゃん、ゲームはね、ルールを守ってこそ面白いんだよ」
そう注意しようかと思うのですが、迷った末に黙って見守っています。
「Keiちゃん、ゲームはね、ルールを守ってこそ面白いんだよ」
そう注意しようかと思うのですが、迷った末に黙って見守っています。
Mahoのような性格の子に、狡猾さを身に付けろと言っても難しいでしょう。逆に、Keiのような子を押さえつけるのは簡単です。でも、とかくオトナシクて、枠の中に収まってしまう日本の子供が多い中、この狡猾さは貴重かな、とも思って… 「もうどこまでも、そのままイッちゃってください!」と、口を閉じてしまうんです。
イタリアでは、彼女みたいな人をFURBAと表現します。ズルイという意味ですが、でもそこには、狡「賢い」意味が多分に含まれています。辞書を引いてみると、なるほど、広義としてSVEGLIO(アタマの回転が速い)ともあります。「抜け目なく、賢く生きる」肯定的な意味もあるのです。
ズルガシコクなければ生き残っていけないイタリア。BUONO(よい子)であるより、FURBOの方が評価されることがままあるというわけですね。
Keiは、どこへ行っても、たくましく生き延びていくだろうなぁ…。

イタリアでは、彼女みたいな人をFURBAと表現します。ズルイという意味ですが、でもそこには、狡「賢い」意味が多分に含まれています。辞書を引いてみると、なるほど、広義としてSVEGLIO(アタマの回転が速い)ともあります。「抜け目なく、賢く生きる」肯定的な意味もあるのです。
ズルガシコクなければ生き残っていけないイタリア。BUONO(よい子)であるより、FURBOの方が評価されることがままあるというわけですね。
Keiは、どこへ行っても、たくましく生き延びていくだろうなぁ…。

ご存知の通り、僕もfurbo気味です。
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48さん・・・ ???誰だろうな???
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
あ~!失礼しました。でもいきなり「48」じゃ分からないよ・・・。
へえー、FURBAっていうんですか。
サッカーの世界では、反則まがいのことをして相手を止める狡賢さを
「マリーシア」という言葉で表現すると記憶しています。
これってイタリア語かと思っていたんですが、ひょっとしてポルトガル語なのかな。
サッカーの世界では、反則まがいのことをして相手を止める狡賢さを
「マリーシア」という言葉で表現すると記憶しています。
これってイタリア語かと思っていたんですが、ひょっとしてポルトガル語なのかな。
goodragonさん>マリーシアは、ポルトガル語だったと思います。イタリア語にも、ほぼ同じ音の単語があります。malizia【名】 malizioso【形】 イタリア語の場合、FURBOよりも悪意が強いと思います。
by kotaro_koyama
| 2005-10-24 22:27
| 比較文化
|
Comments(6)

