Maho20歳、Kei17歳、Riki12歳。イタリアで、一部ニッポンで、スクスク成長中。
by kotaro
無事に
5月25日、手術当日。その日は、父の83回目の誕生日でもありました。

腹部大動脈を人工血管に置き換えるという手術。そのリスクは、1~2%と低いものと聞いても、やはり少しの覚悟をします。
それは父にしても同じようでした。言葉にこそしませんが、その日の朝は、いつもと違い、どこか落ち着きがありませんでした。

午前9時、お迎えが来ました。ベッドで運ばれていく父に、イタリア流にキスをしようかとも思ったけれど、看護婦さんたちの手前もあり、やっぱりそれはできなかった。その代わり、手をギュッと握り締めて・・・。

「それじゃ、がんばって」 
「うん」

あとは、ただ待つだけでした。


4時間後。

「終わりましたよ」の声で、ハッと眼を覚ましました。いつの間にか、うたた寝をしていたようでした。

集中治療室は、広々として、明るく、そして緊張感の漂うところでした。数人の医師や看護婦に囲まれたベッドへ近づくと、麻酔の中で昏々と眠る父がいました。少し苦しそうに口を動かしながら、眼を閉じています。痛そうではないけれど、決して、安らかな顔ではありません。そして、右手だけが動いていて、何かを掴もうとしているのです。それは、すぐそこにあるベッドの柵ではなくて、何か、もっと頼れるものを探しているかのようでした。

傍らに立つ看護婦さんが、「手術は成功ですよ」と伝えてくれます。喜んで、ホッとしなければいけないのでしょう。もちろん、嬉しい。
でも、何か落ち着けないのです。なぜだろう?

それは、亡き母の最期の姿を思い出したからでした。父のその姿が、亡くなる直前の、昏睡状態の母の様子に共通するものがあったのです。くも膜下出血で倒れ、突然、去っていってしまった母。あの時の強烈なイメージが頭に甦ってきて、目の前の父と、その時の母の姿が交錯してしまうのでした。

そして、この父も、いつかはこのような姿で他界して行くのだ、その日はそう遠くないのだ、と考えてしまって、心が締め付けられてしまうのでした。まるで、避けることのできないその日の予行演習をしているかのようで、いくら「手術は成功した」と聞いても、落ち着くことができないのでした・・・。

居たたまれなくなったボクは、そっと、父の額に手を置いて、「ボクだよ、手術は無事に終わったよ」と話し掛けてみました。

その声が聞こえたのかどうか、父は、「あぁ」と、返事らしき大きな声を出してくれました。でも、またすぐに、イビキをかいて眠ってしまうのでした。そして、その後は、何を話し掛けても答えてくれませんでした。

父の右手は、相変わらず、何かを探し続けていました。
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by kotaro_koyama | 2006-05-29 22:05 | 日本放浪
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